2014年3月7日金曜日

労作日記(2014.3.4 妙高クラス番外編)

1年 妙高クラス(番外編)

 先日お伝えしました、妙高クラスの労作の時間に行った座学の様子をお伝えします。担任のW先生のお話です。今年度最後の労作の時間で、生徒たちに伝えたかったことを一つ一つ大切にお話して下さいました。

 先生が子供の頃、周りの人たちは普通に折りたたみのナイフを持参していました。これは当時の子供たちにとってはとても身近なことで、誰かに攻撃しようとしていたのではなく、それでチャンバラの道具を作ったり、鉛筆削りのために使用したりしていたそうです。本来のナイフの使い方を知っていたからこそ、危険な使い方はしませんでした。他にも、竹を鉈(なた)で割って火であぶり、丁度よくしならせて弓を作るなど、自然のものの中から遊び道具を作って遊んでいたそうです。
  ただ、たくさんの工具を使って自然の中で遊ぶということは、ケガがつきものです。その傷も、自然の力を借りて治していたそうです。「木の枝の皮を剥ぎ取り、それを傷口につけると化膿せずにきれいに治る」と、周りの大人たちから教えられたそうです。現在では化学薬品に頼っていますが、昔はこのように原始的な遊び、原始的な治療法が生活の一部だったのです。
  ここ最近は、テレビゲームや携帯端末などが遊びの中心となってしまい、それは悲しいことであるとおっしゃっていました。確かに、最近では小さな画面の中が遊びの世界となり、思い切り身体を動かす、ということが減っています。またその世界にはまり過ぎて、インターネット上でしかコミュニケーションが取れなくなってしまった若者のケースも少なくありません。何だか寂しいです。これが果たして生きることにつながるのでしょうか。
  しかしW先生は、そんな世の中でも「敬和の労作の授業を通して、『人間として生きることの喜びとは何か』ということを素直に考えることができた」とのことでした。また生徒たちにも、これから先考えてほしいことの一つなのだそうです。
  「『労作』の本来の意味である『働くこと』とは、自分のためなのか、お金のためなのか。そうではなく、ぜひ『他人のために働く』ということを意識してほしい。それが本当の労作なのだから。一生懸命やれば、必ず何かの力になる。掃除だって、誰もやらなければ教室はゴミだらけになってしまう。誰かがやらないときれいになることはないのだから、ぜひこれからの労作も積極的に取り組んでほしい。」
 私のつたない言葉で伝わりきれないところが多々あるかと思いますが、生きていくということ、敬和で学ぶということ、その上で大切にしていきたいことを教わりました。心に響く、温かいメッセージでした。


 この座学の後、生徒たちに感想と振り返りを紙に書いてもらいました。思い思いの言葉で、1年間頑張ったことや、もっとやりたかったこと、今後頑張りたいこと、そしてW先生への感謝の気持ちを表してくれました。元気な妙高クラスの生徒たちは、身体を動かすことも、発送などの作業も、本当に積極的に取り組んでくれました。W先生の願いが妙高クラス一人一人に届き、妙高クラスと共に育った花のようにたくましく、健やかに成長し続けてくれますようにと、私も祈っています。妙高クラスの皆さん、W先生、1年間ありがとうございました!